2012年8月20日月曜日

書評『「超」入門 失敗の本質~日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ』鈴木博毅

最近良く売れている本書。書店で見かけた人も多いのでは。

題名の通り、「失敗の本質~日本軍の組織論的研究」(野中郁次郎他)という名著の入門書としての位置付けで、同書のエッセンスを噛み砕いて現代の日本に適用してみました、といった内容。
 

日本企業には優れた戦略が無い、改良・改善は得意だが大きなイノベーションは不得手、その最たる例がインテルやマイクロソフト、アップル等に負けてきた日本の電機メーカーだ、といった昔から良く聞く話が続くので、さらっと読める。

「失敗の本質」の続編(「失敗の本質~戦場のリーダーシップ篇」)が最近出版されたので再度「失敗の本質」を読み返していることもあり、併せて本書を手に取ってみた。
(ちなみに「失敗の本質」は、第二次大戦の日本軍の6つの作戦の失敗の要因を米軍との比較から分析し組織上の教訓に昇華させた読み応えのある一冊)

もしドラが大ヒットした時にも思ったことでもあるので、今回は、本書のような入門書の功罪について考えてみたい。

先に悪い点を挙げるなら、それは(人によっては)自分の頭で深く考えなくなってしまうことだろう。

入門書を踏まえて原著を読み解き、自分なりの気付きを得ることに価値がある。
それなのに、例えば、本書だけを読んで「失敗の本質」を理解した気になってしまうような事があるかもしれない。
表面だけ舐めてそれ以上は深掘りをしない、そんな思考停止を助長する危険を孕んでいるように思う。

一方、良い点としては、「失敗の本質」のような良書の存在を広くアナウンスしてくれることと、敷居を下げてくれることだと思う。

過去の名著と言えども、書店の入り口に平積みにされるようなことはあまりない。
本書のような本が売れることにより、ライトな読書家層にその存在を知らせ、手に取ってもらう機会を増やすことができる。
そうは言っても、名著は往々にして取っ付きにくい&読みにくい。そこで、入門書が概要を分かりやすく説明してくれれば、実際に読む際の困難を小さくしてくれる。

こうして書いている書評も、入門書よりもさらに気軽な”入口”としての役割を果たせる可能性があると思うし、それを実現できたらとても大きな価値。
そんなアウトプットを目指してゆきたいものです。

2012年8月14日火曜日

書評『日本の歴史をよみなおす』網野善彦

バランスのとれた歴史認識とは何か?が本書における自分の問題意識。

思えば、学校の歴史の教科書で学んだ内容が正しいという事は大前提として位置付けてきた。

教科書で記述されている歴史が通説だとすると、本書で著者が展開する説は通説を覆すもので、最高にエキサイティング。
なかでも最も面白かったのは、実は日本は農業社会ではなかったという説。
通説では、江戸時代以前の日本人の大部分は百姓であり、水田を中心とした農業に基づく均質的な社会を構成していたとされている。

ここで、百姓と言った場合に、ほとんどの人は農民を思い浮かべるだろう。
著者は、百姓=農民という後世の歴史家の決めつけが、農業社会の誤解の根幹であると指摘。実際、当時の百姓には漁民・山民を始めとした多様な職業民が含まれていたことを幾つかの事例から裏付けている。
著者の説では、日本は非農業の色彩の強い多様な社会だった。

他にも、江戸時代の女性の地位は、通説の様に抑圧された低いものではなかったというくだりも興味深い。

 これらの説を正しいと仮定した場合に、通説がまかり通ってきたのはなぜか?と考えてみる。
それは、結局のところ通説が体制にとって有利だったからではないか。
 均質な農業社会という構図は和を尊ぶ精神を、抑圧された女性の地位は女性の社会進出抑止の正当化を国民に植え付ける事ができるだろう。
社会の安定と経済成長を最優先課題とした戦後の日本の産業政策上の要請と符合していると思うのは自分だけか。

もちろん、教科書の歴史が全て誤りだなんて言うつもりはない。
しかし、体制にとって有利な解釈から歴史が描かれるバイアスは意識すべきだと思うし、それがバランスのとれた歴史認識に繋がるのだろう。

書評『ワーク・シフト~孤独と貧困から自由になる働き方の未来図』リンダ・グラットン

ロンドン・ビジネススクール教授(経営組織論)が描く仕事・働き方の将来像。

前段にて職場環境を取り巻く変化(テクノロジーの進化、グローバル化の進展等)を概観し、後段でそれらの変化に対応し自由で創造的な働き方を実現するために必要な“シフト”を提案している。

前段はよくある話なので割愛して、今回は、題名ともなっている3つの“シフト”について紹介したい。

① ゼネラリストからスペシャリストへのシフト:
専門性の確立という考え方自体に新しさはないが、ここでは「連続スペシャリスト」という観点がポイント。
つまり、一つの分野にとどまらず、複数の分野で専門性を獲得しましょう、ということ。
なぜなら、リタイアまでのキャリアの期間の長さと環境変化の速さを考えると、特定分野の専門性が陳腐化する事態に備えることが望ましいから。

②競争から協力へのシフト:
どれだけ専門技能を磨いたとしても、大きなイノベーションを生む良い仕事をするには個人単独では限界がある。
そこで、知的資本(①の専門技能)と人間資本関係の組み合わせが今後ますます重要になるとして、人的ネットワークを3種類に分類。これがなかなか面白い。
(1)ポッセ(同じ志を持つ仲間):
アドバイスや支援を与え合える、信頼関係で結ばれた少人数の仲間。比較的専門分野が近い人とのネットワーク。

(2)ビッグアイデア・クラウド:
多様性に富んだ大規模なコミュニティで、自分の人的ネットワークの外側にいる人(イメージは、友達の友達)。
ポッセはある程度似たタイプの仲間になりがちという限界があり、それを克服して斬新な切り口のアイデアの源となるネットワーク。

(3)自己再生コミュニティ:
くつろいだ時間を共有できる、温かみのある人間関係。仕事の関係というよりも、かなりくだけた友人といったイメージか。

③消費から経験へのシフト:
ここが著者の最も伝えたいポイント。
給料の多さと消費の大きさに仕事の価値を置く考え方を脱却し、仕事を通した充実した経験を価値とする姿勢への転換。
例えば、それ程は稼げないけれど、大きな意義を感じられる仕事や家族と過ごす時間を確保できる働き方を選ぶとする。
それは同時に、選択の代償(広い家には住めなかったりする)を受け入れるということでもあるが、その勇気を持てるか。

本書が優れているのは、表面的なキャリア論・ノウハウではなく、仕事を働き方や人生の「選択」として明確に定義している点にあると思う。

格差の顕在化というテーマが頻繁に取り上げられることや相変わらず大企業志向が根強いことは、給料に代わる仕事の価値感が希薄なことが根底にあるのではないだろうか。

突き詰めてゆくと、豊かさとは何か、の様な哲学的なテーマになってしまうが、職業選択の切り口として本書のような考え方があることが、特に学生や若い人に対してもっとアナウンスされて欲しいと思う。

書評『イノベーションのDNA~破壊的イノベータの5つのスキル』C.クリステンセン他

イノベーションを生み出す能力は、生まれよりも育ち。
本書のエッセンスを一言で言うと、こうなる。
イノベーションは、先天的な能力を備えた人間だけが起こせるのではなく、そのスキルを磨き行動すれば誰にでも起こすことが可能だ、と説く。

こんなに勇気づけられるメッセージも珍しい。
その意味で本書は実は自己啓発本と言えるかもしれない。

イノベーターのジレンマでおなじみのクリステンセン教授らが、世界中のイノベーターや企業幹部を研究し、イノベーションに必要な以下の5つのスキルを抽出。

①関連付ける力(異質なアイデアを結合させる力)
②質問力(本質的な質問を投げかける力)
③発見力(観察から洞察を得る力)
④ネットワーク力(多様な人と交わる力)
⑤実験力(アイデアを試す力)

閃きは机の前でウンウン唸って生まれるのではなく、現実との関わりや人との交わりから刺激を受けて生み出される事がわかる。

なお5つの力は並列の関係ではなく、相乗的な関係。
例えば、ネットワーク力を高めて様々な人間と交流すれば、関連付ける力や発見力も磨かれるのだろう。

対して、日本の経営学者が論じるイノベーターの条件は、『イノベーションの作法』(野中郁次郎他)に詳しい。
以下の5つを挙げ、伊右衛門やヘルシオ等の具体的な事例を交えて紹介している。

①理想主義的プラグマティズム
②場の生成能力
③知のリンクをはる能力
④感情の知
⑤勝負師のカン

イノベーションのDNAの5つのスキルと共通するものも多いが、こちらでは感情やカンなど、より主観的な要素を強調している点が特徴的。
データ分析偏重の傾向を”分析マヒ症候群”と断じ、最終的には生き方(=何がやりたいのか?)の確立こそがイノベーションの条件と説く。
MBAも持ち米国式の経営学に精通している著者なればこそ、この指摘には重みがあると思う。

今回は書評というより紹介になってしまったが、創造や発想のヒントを求める人に薦めたい。どちらも良書なので併せてどうぞ。

書評『菊と刀』R.ベネディクト

米国の文化人類学者による日本人の国民性の研究。

第二次大戦中に米国政府の指示のもと対日占領政策に役立てる目的のために研究を行った経緯がある。
そのため、日本国内でのフィールドワークはなく、専ら日本の書籍や米国の日系人や日本人捕虜へのインタビューを分析材料とした、完全なるアウトサイダーの視点から書かれている点が本書の特徴。

日本人の国民性の本質として著者が挙げているのは、恩、義理、恥の3点。
要約すれば、恥という強制力に基づいた恩の貸借と義理の履行が日本人の行動原理、というのが著者の分析。
それら3点は、程度は変わっても現代の日本でも当てはまるものであり、鋭い。

ここでは、恥について考えてみたい。
著者は、行動規範の観点から、
・米国を”罪の文化”(個人の罪の意識、という内部の視点が行動を規定する)
・日本を”恥の文化”(世間にどう見られるか、という外部の視点が行動を規定する)
と分類している。

”恥の文化”の象徴が横並びであり、出る杭は打たれるの諺通り、個人の突出を認めない横並びが日本社会の特徴だったと思う。

空気を読むという言葉に見られるように、現代でも”恥の文化”の影響力は残っている。
他方で、世代間格差・世代内格差の拡大は個人の横並びを困難にしているし、グローバル競争の激化は企業に横並びをする余裕を奪いつつある。
そう考えると、”恥の文化”も消滅に近づきつつあるのではないか

近年は芸術やスポーツの分野で世界的に卓越した実績を残す若い人間が過去と比べて明らかに増えているが、そのような突出することを恐れない個人はその表れとも思える。

友人が別の書評で、個人にとっての”内なる神”という概念を紹介していた。
”罪の文化”における内なる神は、キリスト教等の宗教上の教え・規範が該当するだろう。

”恥の文化”が消滅した場合に、宗教なき日本人にとっては、何が内なる神になり得るのだろうか?
自己中心いう誤った個人主義の危険を避ける意味でも、ある程度の社外的意義を伴った信念、のようなものが内なる神のヒントになるような気がする。

書評『一勝九敗』、『成功は一日で捨て去れ』柳井正

山口県の紳士服販売店から始まり、直近では連結売上高8千億円超・経常利益1千億円超の企業に成長、2020年には売上高5兆円・経常利益1兆円を目標に掲げるファーストリテイリング。
この2冊を読めば同社の軌跡や柳井社長の経営哲学を理解できる。

経営者・リーダーとしての力強い言葉に満ちていてとても刺激的な内容となっている。
また革新的なイメージが強い同社も大企業病と戦っている内実などが垣間見えて面白いが、ここでは“失敗”に対する考え方について紹介したい。

『一勝九敗』という題名は、FRの歴史は失敗の連続で、それに学んで現在の姿を築き上げてきたことを表しているように読める。
しかし、さすがに勝率10%では企業の存続は危ういようにも思える。では『一勝九敗』は何を意味しているのだろうか?

それは、失敗への感度が高い、ということだと考えた。
つまり、失敗と認識する程度が小さく、認識するタイミングも早いということではないか。
他の企業・人が失敗と捉えていないレベルにおいても、著者は失敗と認識し、原因を見極め軌道修正を図っている。
そのような厳しい態度を、『一勝九敗』という一言が象徴しているように思う。

また、“失敗の質”という概念も面白い。
著者は良い失敗を、失敗の原因が明確で対策を打てば成功につながるものと定義している。
何かに挑戦する限り失敗は避けて通れない。減点主義が幅を利かす日本では、失敗にはネガティブなイメージが付きまとうように思う
質の高い失敗をポジティブに歓迎する態度が、挑戦をし易くする。そしてより多くの挑戦が新たな創造を生み出す。

そんな社会になったら、そんな生き方ができたらどんなに素晴らしいだろう。

最後に、最も心に響いた一節を。
“チャレンジがない仕事は仕事ではありません。チャレンジがない人生は人生ではありません”

2012年7月23日月曜日

書評『種の起源』C.ダーウィン


ご存知ダーウィンの進化論。
内容の一端は知っているつもりでも実際に読んだ事のない古典は数多い。こちらは読みやすい新訳が出ているとの評判で一読。

進化論は1800年代半ばの出版当初としては極めて異端な説だったために、本書は想定される批判への反論を予め記載した緻密な構成が特徴的(それ故に読みにくい)。

進化論のエッセンスをざっくり言うとこうなる。
全ての生物は共通の祖先を持ち、環境変化に応じた変異の蓄積から様々な進化を遂げた結果、現在の多様性を獲得するに至った。
そして進化の過程では、自然淘汰や生物間の限りない生存闘争が繰り広げられている。

ここでは、変異というキーワードに着目したい。
変異とは個体間の形式や特質の違いを言うが、適者生存のルールの下では、適応に有利な変異を蓄積した生物だけが生き残る事ができる。

これを人間や企業に当てはめるとどうなるか?
生存のためには変異が必要だが、環境変化は予測できない場合が多い。
であれば、予め変異を生み出しやすい仕組みを作っておくことが重要なのだと思う。

例えばユニクロの柳井社長は、成功体験は一日で捨てて、またゼロから成功のための方法を考えろと書いていたけど、これは特に変化の激しいアパレル業界で変異を生むために必要なマインドセットだと解釈できる。

個人のレベルでも変異の種蒔きは欠かせない。表面的なスキルではなく深い専門性や、他企業・他部署へもポータブルなスキルの土壌を作っておくと良い収穫を得られる可能性が高まるように思う。

2012年7月11日水曜日

書評『創造への飛躍』湯川秀樹


日本人初のノーベル賞受賞者である著者の人生観や世界観、素粒子論に至るまで多岐に渡る論考を収録した本書。
題名でもある“創造”をテーマとした考察が最も面白かったため、今回はその部分に焦点を当てたい。

創造したいという願いは、形式や程度の違いはあっても誰しも共通だと思う。
自分も例外ではなく、本を媒介として何か面白いアウトプットをしたいから、こうして書評を書いている。

創造の大きなヒントになりそうな“同定”(identification)という概念を本書から紹介したい。
同定とは、2つの事柄の共通点を見つけること。もちろん、似たような事柄であればすぐに共通点を指摘できる。
しかし、一見何の関係もない事柄の類似性を見出して本質を探り当てることが価値であり、事柄間の距離が遠いほど面白い創造になり得るのだと思う。

どうしたら同定が得られるかと考えるうちに、創造と合理的思考の関係に思い至った。
合理的思考(ロジカルシンキングを思い浮かべて欲しい)とは、つまるところ物事を整理した形式で考えること。それ自体は必須の技術だが、無から有を生む性質のものではない。

そう、創造には着想が必要なのだ。言い換えると、Aを見た瞬間に、Bと似ているという直感を抱けるかどうか。
直感を発射台として、共通点は何かを合理的思考で詰めて本質に至る、これが同定のプロセスなのだろう。

合理的思考一辺倒の自分にとっては、直感というのは貴重な気付き。では直感をどう磨くか?これからの一大テーマになりそう。

2012年6月20日水曜日

書評『イマココ~渡り鳥からグーグルアースまで、空間認知の科学』C.エラード

伝書鳩が遥か彼方まで迷わずに飛んで行ける一方、人間がごく狭い範囲でも迷ってしまう事があるのはなぜだろうか?
それは空間を認識する方法や能力に違いがあるから。

本書は、空間を、特に人の空間への関わり方をテーマとした一冊。
人が空間をどのように理解・認識しているか、その独自性を動物との違いも明らかにしながら考察している。

人の空間認識の特徴は、目に見える空間を頭の中で分割して構成し直す点にある。
つまり、意識していなくとも、頭の中に現実の空間とは異なる独自の地図(メンタルマップ)を作り上げているのだ。

このような空間認識が、Web上の仮想空間の構築を可能とする一方、環境問題の一因にもなっていると指摘。
(例えば、温暖化による北極の海面上昇の映像を見ても、メンタルマップ上は自分の生活空間から切り離してしまいがち)

空間という切り口から、Webと環境問題を関連付ける発想が面白いと思う。

ここで、空間の認識とは、想像力と言い換える事ができるだろう。

確かに、web上にセカンドライフのような世界を構築できる人間が、地球の裏側の現実への強い想像力を持ち得ないのは不思議だ。

また、webの最大の特徴の1つはオープンさにあるが、実際に目立つのは閉鎖的なコミュニティ間の排他性だったりもする(例えばwebページの“炎上”)。

身近な空間にメンタルマップが限定されがちな空間認識のバイアスは、異質なものへの想像力が働きにくいバイアスに通じているように思える。

空間の繋がりを意識する事は、遠くにあるものへの想像力を働かせて理解しようとする事。
グローバル化した世界、webの時代を生きる自分達には、強い想像力が欠かせない。

書評『それをお金で買いますか〜市場主義の限界』M.J.サンデル

ハーバード白熱教室でお馴染みのサンデル教授の新刊。

現代社会の隅々まで浸透した市場メカニズムに対して道徳の切り口からの問題提起。

経済学の観点からは、市場メカニズムは財の最も効率的な配分を実現する手段である。
ただ、通常の消費財から臓器に至るまであらゆる物が市場で取引される現在、本来は馴染まない生活領域にまで市場主義・商業主義が浸透している事に警鐘を鳴らす。

お金で買うべきでない物まで商品として扱う場合、その価値を貶める事になるし、買える人/買えない人の格差を拡げる事になると。
例えば、スタジアムの命名権は場の公共性を失わせるし、大学への多額の寄付により得られる入学権は不平等だ。

正義を論じた前作も同様だが、サンデル教授の本の素晴らしさは、具体的かつ本質的な問題提起を通して読者に考えるきっかけを与えてくれる点にあると思う。

MasterCardの広告に“お金で買えない価値がある”というキャッチコピーがあったが、本質を衝いていたなと今にして気付く。
お金で買えない故に価値がある、という意味だったのだと。

市場主義に最後に抗い得るのは規範・道徳といったものだとすると、アメリカには宗教・信仰や市民意識の様な軸がある気がするが、日本はどうか?

信仰(神道)は遠い昔に捨て去り共同体も崩壊した今、日本で規範と呼べる様な軸は世間の空気しかないようにも思える。

最後に本書最高の一節を。
“市場の問題は、実は我々がいかにして共に生きたいかという問題なのだ”

書評『福翁自伝』福沢諭吉

自伝の面白さは他人の人生を追体験できる点にある。
行動から垣間見えるその人の考え方や、困難に直面した時の対処法など、様々な切り口から人生を学ぶ事ができる。

本書は福沢諭吉の自伝。
幾つも自伝を読んできたが、これは最も面白い部類に入る一冊。もちろん、慶應の出身者でなくても楽しめます。

幼少時代から始まって、長崎、大阪、江戸での生活、欧米への渡航、慶應義塾創設等々、半生を綴る。
江戸末期から明治にかけての動乱の時代を飄々と生きる姿・思考は自由人そのもので、窮屈な人生を生きる自分には目を開かれる思いがした。

必読は適塾(緒方洪庵)での勉強風景。


枕をして眠った記憶が無いと回顧するほどに、塾生は皆寝食を忘れて書を読み、眠くなったら適当に寝て、起きてはまた書を読むという生活を送る。

学ぶ、とはこういう事なのか。蘭学という未知に等しい学問への取り組みにはそれだけのハードワークが必要だったのだ。

日本の大学生は海外と比べて圧倒的に勉強時間が少ないとの調査結果がある。
ただ学生が怠惰なのだろうか?
半分は正解かもしれないが、学びの必要性を伝えられていない事の方がより大きな問題と思う。

なぜ学ぶか+どう学ぶかを示した上で、何を学ぶかを子供に選ばせる。
この程度の義務すらも果たしていない事を、大人は恥じないといけないのだろう。

2012年6月5日火曜日

書評『オプティミストはなぜ成功するか』M.セリグマン


オプティミストとは楽観主義者のことで、心理学者の著者が楽観主義を科学的に考察した一冊。

勉強、スポーツ、ビジネス、健康から大統領選に至るまで、総じて楽観主義者が悲観主義者よりも高い成果をあげている事を検証し、楽観主義の効用を説く。

そもそも主観的な概念である楽観主義と悲観主義をどう線引きするかが問題となるが、ここの考え方が面白い。

“失敗した時や不幸な出来事に直面した時に、その状況を自分にどう説明するか?”
という切り口から楽観主義を定義。
楽観主義者の説明スタイルのポイントは次の三点:

・永続性(悪い出来事は一時的なもの、良い出来事は永続的)
・普遍性(悪い出来事は特定の原因によるもの、良い出来事は普遍的な原因)
・内向性(悪い出来事は状況のせい、良い出来事は自分のおかげ)

著者は、上記の説明スタイルを習慣化すれば楽観主義は身に付ける事が可能であり、人生は変えられると希望に満ちたメッセージを送る。

つまるところ楽観/悲観の何れも思考様式の問題であって、思考様式は習慣の積み重ねで形成される。

“習慣の奴隷”としての人間の弱点を逆手に取って、悪い習慣を良い習慣で克服しようという逆転の発想は力強い。

ところで上記の三点のポイントから楽観主義のレベルを測れるが、色々な場面で応用が効きそう。
今の日本なら婚活などはどうだろう。
際どい状況を作り出して、男がどう反応するかをテストしたら成功のポテンシャルが分かったりしてね。

2012年6月4日月曜日

書評『3つの原理』ローレンス・トーブ

日本にも造詣が深い著者が過去の歴史的背景をタイトルの通り3つの観点から整理し、今後の社会感に対して独自の示唆を行なっている内容。さすがに、10ヶ国語を話せる著者だからこそできる、各地の宗教感なんどに深く触れているところが独特だと思います。 3つ原理とは、性別と年齢と社会階層という3つ視点から歴史を深堀していきます。 1つ目の性別という切り口は、生物学的な男女ではなく、男性的と女性的という感覚を陽と陰で表現することで、 優劣の関係のないという点と、過去の歴史的な流れとして、時代ごとに陽と陰のどちらの方が社会の中心で、 今後は、どちらが優勢になっていくかという分析を示している。 2つ目の年齢という観点は、社会全体の成熟度を人間の年齢で表現するもので、それぞれの世代の特徴を、 各時代の社会性や動向を表現している。 3つ目の社会階層が、著者が最も伝えたかったことの量で、前述の2つの原理と絡めて解説がされている。 本書の中では、階層をカーストと表現しており、以下の4つのタイプ徐々に変質してきている。 「宗教・精神のカースト」→「戦士のカースト」→「商人のカースト」→「労働者のカースト」 各カーストは栄枯盛衰があり、徐々に主たる価値観が変わってきている。 現在は、労働者のカーストから次のカースおtに移り変わろうとしている段階。 次は、これまでの「労働者のカースト」の影響を受けながら、「宗教・精神のカースト」に移行するという。 ただ、過去の「宗教・精神のカースト」に退行するのではなく、神のような偶像崇拝になるのではなく、 精神的な成長を加速させるための、個々人が心の成熟度を高めていくというもの。 最初にこの本を読んだののが、今から5年位前だが、今読んでも十分価値のあるもの、「ソーシャル」、「ノマド」などに 代表される新しい社会的な価値観にも通じるものがあると感じる。 一番衝撃の走ったのは、「内なる神」という言葉。絶えず変わりゆく独自の一貫性と自分にしかできない正しい行動を示してくれるのは、自分にしかないというもの。

2012年5月22日火曜日

書評『リスク〜神々への反逆』P.バーンスタイン

本書は、人類のリスクへの挑戦の歴史を描いたなかなか壮大な一冊

古代ギリシャにおける数学の発達から確率論の誕生、金融工学のデリバティブ、モダン・ポートフォリオ理論に至るまで、各時代の天才達に焦点を当てて紡ぐ物語。

リスクとはつまるところ将来の不確実性であり、不確実性を定量化して目に見える形で把握するための、先人たちの探求の過程を知ることができる。

原著は1996年に出版されたが、リスクマネジメントの技術の危険性を、


“古いリスクを制御できる一方で新たなリスクを生む可能性がある”

と指摘しており、その先見性に驚かされる。

リーマンショックを導いたサブプライム危機がこれに当たるだろう
金融工学に基づいたリスクの定量化・分散を特徴とする証券化商品によって、結果としてリスクが見えなくなった事が原因だったのだから。

高度なリスクマネジメントを本質とする金融業と、金融業の比重がかつてない程に高まった金融資本主義。
それが世界のリスク・脆弱性を高めた事は大いなる皮肉に思える。

リスクテイクが資本主義の本質のである事は今後も変わらない。
業がリスクを取って事業を行う、金融は黒子としてそのサポートをする役割に回帰できるか。

書評『銃・病原菌・鉄〜1万3000年にわたる人類史の謎』J.ダイアモンド


かつてスペインがインカ帝国を滅ぼし欧州列強国が南米を植民地化したが、その逆が起こらなかったのはなぜか。
これは同時に、現在の世界に生じている富とパワーの地域的な偏在。その理由は何か、という問いでもある。
これらの問いへの答えを1万年を超える人類史から探る壮大な考察

人類は、狩猟採集→食料生産→余剰食料の蓄積→食料生産に従事しない専門職の出現→技術・文字の発達、という文明の発展の階段を上ってきた。

大陸・地域毎の環境の違い(気候、動植物の分布等)が発展の速度を決めたのであって、人種の優劣によるものではない事を豊富なデータから裏付ける。

銃・病原菌・鉄は、スペインがインカ帝国を滅ぼした直接の要因。しかし背景には、それらを南米より早く生み出し得た欧州の有利な環境があった。
そして、大昔の環境の違いが現在の世界のパワーバランスをも決めてしまったのだ。

と、かなりスリリングな検証で今年読んだ中でベストの一冊。

小さな環境の違いが大きな結果の差異を生む、という事には普遍性がある様に思う。
インカ帝国の国王は国の所在地は選べなかった訳だが、個人にとっての環境は所与ではない、という気付きが重要なのだろう。

どの環境に身を置くのが有利か。住まいからキャリアに至るまで、人生のあらゆる局面に適用できるこのテーマ。
現状を是としがちな自分にとっては、もっと戦略的に考える余地があるな。

2012年5月17日木曜日

書評『大震災の後で人生について語るということ』橘玲



どう生きるか、とは常に考えなければならないテーマだが、日々の目先の仕事・生活に忙殺されるとつい優先度が下がってしまいがち
そんな怠惰な自分にとって、本書は考える良いきっかけを与えてくれる。

著者の本はどれも、個人として人生をどう生き抜くか、という思想が一貫していて、好きだ。

こちらは題名の通り、昨年の大震災を踏まえた人生設計を問う。
約すると、前段にて以下の4つの神話への問題提起。(正確には、神話は崩壊したと言い切っている)

①不動産神話:不動産は上がり続ける。持ち家は賃貸よりも得か?
②会社神話:会社は潰れない。大企業での終身雇用を目指すキャリアは今後も有効か?
③円神話:円が最も安全な資産。円資産の保有・運用が今後も安心か?
④国家神話:国家は破綻しない。定年後は年金で暮らす想定は今後も有効か?

後段は人生設計の提言。骨子は専門性獲得の為の人的資本投資と、金融資本投資。

確かに、昨年の大震災は規模と影響において未曾有の大災害である事は疑いない。
しかし、阪神淡路大震災から20年足らず、敗戦からもたかだか70年足らずである事を思えば、あの規模の出来事が今後の人生で起きないと想定する事がいかに高リスクかがわかる。

個人的には、「流動性」が人生のリスク管理の鍵だと考えている。つまり、

①キャリアの流動性:特定の会社に依存しない為のスキル
②資産の流動性:固定資産(家)ではなく、流動資産(投信等)を重視
③思考の流動性:変化に対応できる柔軟な思考回路

リスクに先回りして対応するための日頃の行動だけが自分、そして家族の幸せを守るのだろう。

2012年4月25日水曜日

書評『物理法則はいかにして発見されたか』R.P.ファインマン

1965年にノーベル賞も受賞している世界的な物理学者による物理学の入門書。

物理学について何も知らない自分にとっては全てが新鮮でそれだけでも十分に面白かったのだが、“物理法則の発見へのアプローチを学ぶ”という視点から読んだ。

結論から言えば、アプローチとしては、“仮説の構築と実験による検証”というシンプルで当然のプロセスの繰り返しがあるだけで、目新しい所や魔法はない。

ただ、その中での気付きを抽出するなら、

・新しいアイデアを考えつくためには飛び抜けた想像力が要る
・考えを、既知の領域を越えてできるだけ遠くまで拡張する事が必要

と、いかに大胆な仮説を立てるかに重きを置いている様に見えた。

 物事を考える際には、

・思考の幅(他分野との関連付け)と
・深さ(同じ分野での掘り下げ)

の2つが重要と思うが、上記は思考の幅の問題だろう。

この点をキャリア形成の切り口で考えた時に、“専門化”の限界を思う。

特定分野の専門性を高める事は不可欠だし異論もない。

が、専門化を“深さ”の問題とするならば、他分野の知見・関心たる“幅”の広さ無くして面白いアイデアや発想、仕事の奥行が生まれるだろうか。

 大学を卒業して随分経つが、1・2年の一般教養課程は思考の幅を、3・4年の専門課程は思考の深さを養うためにあったのだなあと、今更ながら実感する。

これを10年前の自分に教える事ができたらどんなに良いか…
そしたら、まともに授業を受けた記憶が無い自分はここにはきっといなかった、はず?

2012年4月16日月曜日

書評『10年後に食える仕事 食えない仕事』渡邉正裕


グローバル化時代の職業論。職業を、
・スキルタイプ(知識集約的/技能集約的)
・日本人メリット(日本人である事の優位性が大きい/小さい)
の2つの軸に基づいて以下の4つに分類し、相対的な有利・不利を分析。

①技能集約的&日本人メリット小:「重力の世界」
グローバルな最低給与水準に収斂。分かりやすい例は、プログラマー、コールセンター等。

②知識集約的&日本人メリット小:「無国籍ジャングル」
世界中のライバルとの競争、超成果主義。CEO、CFO、トレーダー、ファンドマネジャー等。

③技能集約的&日本人メリット大:「ジャパンプレミアム」
日本人ならではのホスピタリティ、日本人である事の信頼感。住宅営業、CA等。

④知識集約的&日本人メリット大:「グローカル」
日本市場向けの高度専門職、高付加価値スキル。医師、弁護士等。

国内市場は縮小するものの30年後にも1億人規模の人口は維持される点から、外からの競争圧力が弱い③と④を“ブルーオーシャン”と位置付け。
なかでも、より高い報酬が得られる④を目指すべし、と言うのが著書の主張。

切り口と、何よりネーミングか面白い。
職業内での競争(例えば④なら、年収300万円の弁護士の話)を考慮する必要があるが、考え方は現在の立ち位置・今後の方向性を考える上では一定の有効性もある。

とは言え、年齢を重ねるに従い職業選択の幅やキャリアチェンジの可能性が小さくなるのも事実。例えば40歳で①の領域の人に対して、頑張って④を目指せと言っても始まらない。
その意味では、イメージ先行ではなく戦略的に職業を選ぶ観点から、学生/もう少し若い人こそが読むべき一冊だったかな。